そば処橋本について
橋本の歴史

天保年間に現在の橋本市(当時橋本村)からこの小田原城下へ出て屋台蕎麦屋から始まった。創業者は働き者で庶民から武家に至るまでたいそうな人気屋台だったそうで・・・・天保と言えばもう幕末でやがて明治 大正を迎える。

この頃になると小田原城下は漁師町と言われる程近海漁業が盛んになり沢山の船頭さんが浜近くに居を構えていた。
朝出た船が帰って来る時 大漁だとありったけの旗をかかげて水平線の向こうに見える。それを浜で待ってるおかみさん達は「おおー今日は総旗だ~~」と言って橋本から蕎麦をとり大漁祝いの支度を始める。とある文献に書かれているようで・・・

屋台店だった創業者も妻をめとり 今の宮小路 松原神社近くに店を構えこの小田原にしっかりと根をおろすことになる。自分の出身地の橋本村の名前をとり屋号を「蕎麦屋の橋本」と名乗る。
以来子供達が代々後を継ぎ第二次世界大戦後に戦争から帰って来た5代目店主は焼け野原だった店を建て直し昭和21年営業を再開、私の父です。

橋本の食材

私達は出来る限り食材は産地生産者から直接買い求める様にしております。

そば粉は北海道は旭川の北方 幌加内(ほろかない)母子里(もしり)地区の契約農家から かつをぶしは昔から小田原の浜近くでかつをを干している老舗かつぶし屋から 桜海老は静岡県由比町の船主から 生のりは浜名湖の漁師から 野菜は三島の農家から 本わさびは伊豆天城湯ヶ島のわさび田から・・・・

とわざわざ現地まで行って約束してきます。「皆さんの苦労して作ってくださった物で安全で美味しいものを作らせていただきます」自分の目の届く所で調達した物をお客様にお出しする様に心がけています。
橋本の経営理念

一食をお客様に召し上がっていただきお金をもらった上に「ごちそうさま」と言ってもらい、更に「美味しかったよ」とお褒め頂き 又 2度3度とご来店いただき、知人の方にもご紹介いただき その方もまた「美味しかったわ」とお褒め頂く

これは 正に職人としてこれ以上の幸せはありません。ですから私達「橋本」はこのように考えております。
  • ※基本の味を代々しっかり守っていく事
  • ※お客様の喜ぶお顔を見る事を誇りに思う事
  • ※常に新しい食材探しを行う事
  • ※基本の上にたった進化を常に考える事
  • ※美味しい物を手早くお出しする為の訓練を怠らない事
  • ※食作りに真剣でないと仕事は飽きる事
  • ※座右の銘は「よくぞ 蕎麦屋に生まれけり」です